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2007年8月 9日 (木)

ゴールドマン・サックス・ジャパン・ホールディングス 人事部 ヴァイス・プレジデント 福本 多起さん

ダイバーシティがもたらす多様な社会と働き方

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私はゴールドマン・サックスのダイバーシティのマネージャーだが、本来はトレーニングを本職としている。今日は、私のキャリアの話と共に、どんなことが世の中で起こっているか、ダイバーシティとは何なのか、私たちはどうしたらもっとよい社会を作っていけるのか、皆さんと一緒にディスカッションしながら考えてみたい。

予定になかった「キャリアウーマン」の道
スライドを作りながら、私のキャリアを振り返ってみた。学生の頃、早く結婚して家庭の主婦になることを望んでいたのに、どうして、このように「キャリアウーマン」になったのか自分でも良くわからないでいる。当初の予定では今頃は高校生くらいの娘がいるはずだったのに、予定は上手くいかなかった。学生時代はテニス・スキーに明け暮れる日々を送っていた。その頃、仕事に関することと言えば、東大で秘書をしていたくらいで、友人が「あなたが働くなんて周りにご迷惑だからやめなさい」なんていわれたりした。それほど、お気楽な生活を送っていた。

エントリージョブから、運あってトレーニング・スペシャリストに
25歳で、初めての仕事として、国際航空貨物会社、フェデックスのカスタマー・サービスに入った。そこで、貨物の追跡や、電話の応対などをしていた。当時、教育部門のトレーナーがいて、「これからベルギーに会議に行くの」と、颯爽とかばんを持って出かけていく姿を見て、あまりにもカッコウよいと思い、恐いもの知らずで、私もトレーナーになりたいと手をあげた。運よく採用されて、カスタマー・サービスから、トレーニング・スペシャリストになることができた。そしてカスタマー・サービスの電話応対スタッフや、配送車のクーリエ(運転手)のトレーニングをすることになった。

パスポートを持って出勤するトレーニング・マネージャー時代
28歳の時に組織変更があり、タナボタが起こった。直属の上司の担当地区が切り離され、私とシンガポールにいた同僚が、マネージャーになることになった。当時、4人の部下から始めたが、皆年上で、いままで、友達感覚で付き合っていた人たちが、私の下になったわけなので、とてもチャレンジングな経験だった。そうこうするうちに、トレーニング部門が大きくなっていき、担当地区も西はドバイ、南はオーストラリアまでカバーすることになり、部下が20人くらいに増えた。部下は「多国籍軍」で、中国人、韓国人など多様な文化を背負った人たちがいた。中国系の人たちは、給料のネゴシエーションをするのがとても上手だった。いろいろな価値観の人がいて、とても良い勉強になり、また面白い経験をした。毎日パスポートを持って仕事に行くような日々で、フェデックスの貨物機で出張し、コックピットやその外にあるジャンプシートで飛び回っていた生活だった。

人事部長をしながら気づいた自分の好きな仕事
そうこうしているうちに35歳で転機があった。女性は30過ぎると、プロフェッショナルの道を進むかどうか、岐路に立つと言われる。私の場合は鈍感なので、そんなこともとりわけ考えてもいなかったが、フェデックスの人事部長がいなくなったので、代理を引き受けて欲しいといわれて、兼任する羽目になった。フェデックスは外資系大企業なので、その人事部長を努めることは、とても恵まれていたと思う。ただ、人事部長を兼任しながら、自分で気がついたことは、自分はいわゆる人事問題に取り組むよりも、トレーニングが好きだという事だった。

「生き馬の目を抜く」外資の金融業界への転職
同じ35歳の時、モルガン・スタンレーから、転職のお誘いがあった。社内の先輩に相談したところ、金融業界は生き馬の目を抜くような大変な業界だから、フェデックスで、キャリアを積んでいくほうが良いのではないかと言われたが、思い切って転職をすることにした。そして20名の部下を率いるマネージャーから、たった3人のチームに移った。この時キャリアは登山電車のごとくスウィッチバックを繰り返しながら、地道に積み上げていくものだと考えた。

39歳の時、同じ金融業界のゴールドマン・サックスから、転職のお誘いを受けた。ゴールドマン・サックスは、いわゆる「はげたかファンド」のようなイメージのあるところで、最初はその気はなかったが、あまりにも、何回も誘ってくれるので、ふっとその気になって、ゴールドマン・サックスに転職をすることにした。入社してみるとゴールドマン・サックスはチームワークを大変重んじ、人材を大切にするとても働きやすい会社であることが分かった。ゴールドマン・サックスでは、結果を出すために、120%の力を出し、人一倍の努力をした。40歳の時に、ダイバーシティ・マネージャーも兼任して欲しいといわれた。仕事量はますます増えるかもしれないが、自分にとっても良い勉強になるのではないかと思い、引く受けることにした。これにより、将来的に、キャリア選択の幅が出てくるのではないかと思った。現在は、トレーニングとダイバーシティ・オフィサーと2足のわらじを履いている。機会を与えてくれたゴールドマン・サックスに感謝している。

皆さんの「ダイバーシティ度」は?
ここで、皆さんに質問を3つさせいただく。
第一問は、「女性は男性と同じリーダーシップの役割や責任を担える」と思うか?
第二問は、「フレックスタイムで働いている人も、週に5日働いている人と同様、会社に貢献できる」と思うか?
第三問は「私と同性である上司がゲイ・レズビアンでも心地よく仕事ができる」と思うか?

ここにいる皆さんはポジティブな方が多いが、同様の質問をするとさまざまな答えが返ってくる。第一の質問に、ポジティブな答えを出す人は、男性でも女性でも能力は個人差の問題と捉える人が多い。逆に日本企業で働いている人や、女性の上司と働いたことのない人からは、ネガティブな答えが帰ってくることが多い。また、第二問に対しては、職種によるという事もあるかもしれない。ワーキング・マザーが現実は難しいとコメントするような場合もある。第三問に対してはゲイであれ、レズビアンであれ、それは個人の嗜好であり、本質的には仕事とは全く関係ない。

ダイバーシティとは何のこと
ダイバーシティのコンセプトは米国から出てきた。その背景として、いくつかのターニングポイントがあったとされている。たとえば、1960年代の公民権運動や、ウーマンズ・リブ、70年代のアファーマティブ・アクションなどが下地になっている。そして80年代には、ダイバーシティ、つまり、多様性の積極的な受容が唱えられるようになったという。1987年にアメリカ労働省が「Workforce 2000」というレポートを発表しその後多様性のマネジメントの重要性が活発に論議されるようになったと言われている。よく日本はアメリカより40年遅れていると言われているが、アメリカの背景を考えるとなるほどと思う。

さて、Loden MarilynのImplementing Diversity, 1996 Business One Irwin p.16によると個人の「多様性」には、2層あるといわれている。日本では、多様性というと女性などマイノリティを受け入れることと短絡的に考えられがちだが、目に見える表面的な多様性だけでも、ジェンダー(社会的な性差)のほか、年齢、人種、民族的な伝統、心理的・肉体的な特性、また、性的嗜好が挙げられる。さらに一見では分からない多様性もある。たとえば、教育、宗教、仕事経験、出身地域、家族状況などが挙げられる。

ダイバーシティの推進とは、このような個人の多様性を積極的に受け入れ、このような要素によって人を差別せず、平等な機会を与えるという事だ。

ダイバーシティが求められるWeb2.0時代
なぜ、多様性がこれほどまでに求められているかと言えば、インターネットがもたらしたグローバライゼーションの波が挙げられる。今は、Web.2.0時代と言われ、ますますネットによる情報伝達が進化している。だから国際化はこれからもますます促進されていく。こういう時代では、企業が活動する市場や顧客も多様化するわけで、そういう時代にあった多様な人材が求められるのは当然の成り行きといえる。実際、有能な人材の獲得競争は熾烈で、多様で有能な人材を確保することは、企業の発展につながる。また昨今はコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(CSR、企業の社会的責任)が問われてきている。ダイバーシティを積極的に受け入れ、推進することが、現在の日本におけるCSRの一環になっていることが多い。

ダイバーシティ・マネージャーの職務とは
ゴールドマン・サックスではCSRの一環としてダイバーシティーの重要性を歌っているのではなく、企業戦略として捕らえている。よって本社のトップを始めシニア・マネジメントがダイバーシティー推進にコミットしている。弊社では性別の問題だけではなく、それ以外の多様性に関すること全てに取り組む努力をしている。
ダイバーシティー・マネージャーとしてはまず問題定義が挙げられる。何が問題であるのかを把握しそれを明確化し定義する。そして、ダイバーシティの促進により、それをどのように解決・改善すべきかゴールを設定する。実践するに当たっては、まず、シニア・マネジメントが率先してダイバーシティを奨励することが何よりも大事なので、彼らの関与を促し、それにより、全社員が参加できる仕組みを作っていく。ダイバーシティ・マネージャーは採用活動にも関与して、ダイバーシティの実践を担保する。また、昇進がフェアに行われているかどうかモニターし、離職率を下げる努力を行う。ダイバーシティのコンセプトの促進のために、イベントを企画・運営し、ネットワーク活動も行っている。各部門の置かれた状況を分析し部門長と話し合ったりもする。こういう活動を通じて、企業の力を強め、社内外でより風通しがよく、よりフェアな環境を作り上げていくのがダイバーシティ・マネージャーの職務だと考えている。

私自身のワークライフ・バランスは
個人のワークライフ・バランスとしては、徹底的な優先順位づけをしている。すべてをすることができないのだったら、優先順位をつけ、優先度の低いことができなくても、それで良しとする。自分が困難な状況に陥ったら、その状況を、上司、メンターと率直に相談し、同僚や部下にも説明をする。そうすることで、周りの理解を得ることができる。また、自分が最も効率よく仕事できる時間や方法を知り、場合によっては家で仕事をする時間を作る。以前、日産のカルロス・ゴーンさんが、クオリティー・オブ・タイムという事を話していた。仕事が忙しく家族と一緒に過ごせる時間が少なくても、彼はその少ない時間を大切に過ごし、質の高い時間を確保しているという事で、私自身、この考え方に大いに賛同している。また、優先順位づけに繋がるが、私の住んでいる渋谷区は、家事のアウトソースのサービスを受けられるので、掃除などをお願いしている。自分でも頑張ればできることだが、その時間を優先順位の高いことをするようにしている。要するに自分で無理をしてでも何でもするというのではなく、自分がすべきこと、しなくてはいけないことが何かを考えてあまり頑張りすぎずに仕事をしていきたいと思っている。

私が励まされる言葉
アメリカの作家、マーク・トウェインの言葉は私の座右の銘だ。彼は次のように言っている。If you think you can, or you think you can’t, you are probably right. できると思えばできるし、できないと思えばできない。これは真実だと思う。駅で電車が来そうな気配がした時、乗ろうという強い意志があれば間に合うだろうし、次でいいか・・・と思えば乗れない。仕事も全く同じと考える。また婦人服の有名ブランド、ドナ・キャランを作り上げた米国タキヒョー会長の滝富夫さんの言葉はいつも私を力づけてくれる。彼は「服をディスプレイする時も影をつけなければ立体感が出ないし、いい服に見えない。人の人生も同じだ」と語っている。私自身、どうして、こんな苦労をするのかと思ったこともあったが、それが私の人生に立体感を与えてくれているだと思っている。

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