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2007年8月の記事

2007年8月12日 (日)

株式会社リクルート 阿部由紀さん

本業以外の肩書きを持ちませんか?
~週末プチ起業から始めるデ
ュアルワークのすすめ

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人生を複線化するという発想 

 今日は本業以外に肩書きを持つ、つまり「2足のわらじを履く」ことについてのお話です。 私は普段は会社員として働いていますが、ここ2年くらい、別の道筋をつけることにこだわり続けてきました。
 ところでこんな調査があります。リクルートワークスが2006年に実施した「ワーキングパーソン調査」について、副業意向の設問があります。現在副業を持っているワーキングパーソンは6.2%と少数だが、「今後は持ちたい」を合わせると2割超。また正社員の副業意向者は30代後半と40代にやや多くみられるという結果が出ています。キャリアを積むにつれて、副業意向が高まるというのはなかなか興味深い結果だと思います。
 今日お集まりの皆さんは、副業というものに少なからず関心をお持ちの方だとお察ししておりますので、私の経験がお役に立てればと思っております。
 さて皆さんは、いくつの「顔」を持っていますか?おそらくは会社にお勤めの方たちが多く会社員の顔ひとつだという方が大半、あるいは本業以外にお仕事をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんね。今回お話ししたいのは、人生を単線ではなく、複線で歩んではいかがでしょう、というご提案です。つまり、本業以外にももうひとつの道を切り拓くことを、一緒に考えてみたいと思っています。 ちなみに私の場合は、「リクルートの社員」、「うつわの店のあるじ」、「キャリアカフェの企画運営者」という3つの顔の持ち主です。でも、つい1年前はたったひとつ、つまり会社員としての顔しかありませんでした。このあと、なぜ3つの顔を持つに至ったのか、お話をしてまいります。
 
キャリアストーリーと気づき

 私の中学・高校時代はまさに受験勉強一色、ところがそれが嫌いというわけでもなくストイックに勉強を続けること自体が楽しいという子でした。ところが大学受験に失敗に浪人生活に突入、初めて大きな挫折感に見舞われる結果となりました。東京の予備校に入学し浪人時代が始まったのですが、予備校生生活が楽しくて楽しくて・・・。受験テクニックを教えてもらえるので模擬試験の成績はグングン上昇、一方で多くの友人に恵まれ、高校時代を超えて青春真っ盛りの楽しい時間を過ごすことができたのでした。
 翌年、無事に大学に入学、外国語大学でイタリア語を専攻しました。折しも世の中はバブル時代、預かった恩恵としては、条件のよい多くのアルバイト。社会人との接点も多く、漠然と早く社会に出たいという思いを強めていました。大学4年の春、就職部で就職意識調査を行うという案内が出ていて、面白そうだから参加をしました。実は主催はリクルートだったことを当時は知らなかったのですが、それがきっかけでリクルートのリクルーターに何度か会うようになり、気がついたら内定を得ていた、というのがリクルート入社のきっかけなのです。本当は新聞社に就職希望だったのですが、あまりにもリクルートの女性社員がいきいきを働いている様が魅力的で・・・。ここなら、働くのが楽しそう、ということを直感しての選択でした。それは当たっていましたが。
 さて、リクルートでは、業界としては不動産、結婚、進学、フリーペーパー、職種としては営業、広告制作、企画、管理職、プレイヤーと非常に幅広く仕事をしてきました。現在はフリーペーパーの部門で、本作りのワークフロー構築、品質基準策定とマネジメントを担当しています
 就職してから10年くらいたって、気がついたら次第に周囲が早期退職制度を活用して辞めていき始めました。特に女性の場合だと、出産や休暇をとるために仕事を辞める人も多く出てきて、なんとなく自分を取り巻く様子が変わりつつありました。また、進学の部門にいたとき、中長期サイクルの仕事に関わるようになり、自分のことも長い目で見るようになりました。また、『キャリア』ということばがよく言われるようになったのもちょうど30台半ばのこの頃で、漠然と『天井感』のようなものや焦りを抱き始めました。自前でスキルアップといっても何からか手をつけていいかわかりませんでした。
 また、当時業務のために取得したしキャリアカウンセラーの資格を得る途上で学んだことで、自分自身の今後のキャリア形成についてますます真剣に考えるようになりました。さらに36歳くらいのときに今のキャリアカフェのメンバーとの出会いがあって、社会と接点を持つことの意味に触れたり、社外の方たちと知り合うことで自分の視界の狭さを実感したりと、なにかと考えさせられる機会が多くあったわけです。
 今の仕事に不満があるわけでもなく、さりとて転職に踏み切るほどまだ自分の専門性が研ぎ澄まされている段階でもない。では、現職を持ったままで何か自分が『好きなこと』を具体的に形にしてみるという手はないか?これが私の気づき、すなわち、デュアルワークの発想の原点でした。本業をやめのことはせず、まずは小さいサイズから事を始めることを決意しました。
 改めてまとめてみると、
■ 社外との接点・パートナーシップ行動を強めたいという思い
・ ともに何かを作り出すことを通じて、スキルをつける
・ 本業への波及効果
■ 会社にすべてを依存することのリスクを認識
・ 打てる手は打つ。現職が充実しているときこそ、種を蒔いておく
■ ワークライフバランスの観点
・ これからは働きながら能力開発していくための生活バランスが大切
これが私の考える、デュアルワークの意義です。社会の中で、なにか本業のほかに腕試しをすることはたいへん重要だ、ということが言いたいことなのです。

ittokiについて

 私の本業以外に取り組んでいる2つのうち、ひとつがこのittokiです。今回はどのようにittokiを立ち上げたか、実例を交えてお話しいたします。
 Ittokiは週末だけオープンする自宅を使ったギャラリー、ほんの一時だけの期間限定、不定期開催としています。扱うのはうつわ。窯元を自分の足で巡り、作家と作風に惚れこんだものだけをご紹介、うつわを通じて作り手の心と使い手を結びたいと考えています。またうつわを通じて、丁寧に暮らすことの大切さを知っていただくことも合わせて伝えたいのです。
 ittokiを開きたいと考えたきっかけは、唐津のある鮨屋での出来事でした。2005年冬に福岡出張の際、唐津で窯元巡りをしたのですが、ピンとこなくて。あきらめかけて昼食のために入った唐津の銀鮨で中里花子さんのうつわとの衝撃的に出会ったのです。左の写真がそのうつわ。酒器ですね。大将と女将にかけ合って、この作家との接点を作ってもらったのです。
 これは第1回ittoki 中里花子展のときのリーフレットです。写真撮影、デザイン、コピーワーク、印刷・製本・・・すべて自分でやりました。

【第1回ittoki 中里花子展】
■会期/2006年3月25日(土) 11時~20時
■作家プロフィール/1972年種子島生まれ。陶芸家の父・中里隆氏に師事、主に米国で作陶。昨年より唐津に窯を構え、monohanako設立。
■作品内容/主にアメリカで製作した計43点(鉢、小皿、酒器、花器など)
■作品平均価格/1万7000円
■来場者数/29名

【第2回ittoki 小野鉄兵展】
■会期/2006年12月9日(土) 11時~19時
■作家プロフィール/佐賀県嬉野在住の急須作家。
■作品内容/計32点(急須、湯冷まし、湯呑み)、全点ittokiのためにオリジナルで焼いてもらう。
■作品平均価格/7900円
■来場者数/20名

 さて、ittokiについてさらに詳しくお話しいたします。以下は中里花子展開催までの流れです。

① リサーチ・プランニング期間(2005年夏~)
・ネットショップの検討(『ネットではじめる雑貨屋さん』)→滋賀のショップオーナーとメールでやりとり。ノウハウを教えていただく。
・横浜でギャラリー開業した友人に相談。
・首都圏の気になるうつわショップを訪ね歩く。(青山・楓、西麻布・桃居、鎌倉・祥見)
→『自宅ギャラリー』という発想を得る
② 作品選定(2005年秋冬)
・関東近県、沖縄読谷村、唐津で、情報収集、窯元巡り
・中里花子の作品に出会い、惚れこむ
③ 作品仕入れ(2006年1月上)
・唐津の中里宅で作家本人と会話しながら、 43点を約2時間で選定、買い付ける。
・今後、ittokiのためにうつわを焼いてもらうことを約束いただく。
④値付け
・売値の7掛けで仕入れ。
⑤PR・集客(2006年1月~)
【リーフレット作成】
・作品全点撮影(自宅にて。ライト、デジカメ、三脚使ってすべて自分で撮影)
・デザイン、コピーライティング→DTPは従姉に依頼→印刷・製本、封筒、シール作成
【発送・広報】
・発送(クロネコメール便)、PDF添付のメール配信、手渡し、ギャラリーに置いてもらう、等
⑥運営事前準備(2006年2月~)
【包装】
・馬喰町にて、袋、包装紙、リボンなど購入。包装方法の検討
【接客用グッズ】
・お茶、お菓子、懐紙、芳名帳、領収書など
【ギャラリーのレイアウト(ディスプレイ)】
テーブルや棚(すべて有もので)、クロス(もらいもの)、値札
⑦前日準備
・釣銭用の両替、掃除、作品の陳列
⑧当日運営
・生け花(草月流師範の野嶋さんに依頼)、接客、お茶いれ、包装、包装
⑨終了後
・後片付け、収支計算、打ち上げ、お礼状送付、作家への報告
 こうやって一連の流れをまとめてみるとサラリとしているように見えますが、実はいろいろとありました。ほれこんだ作家の作品について、果たして買い付けるか否かをなかなか決断できず、キャリアカフェのメンバーに相談したところ、『買うしかないよ!』と背中を押してくれる応援メッセージ。ところが今度は、作家に連絡することにたいへん躊躇。なにせ作家ですから、怖いわけです。いよいよ意を決して電話したところ、開口一番
 「いいですよー」
と、アッサリ。たいへん拍子抜けしました。
 それからはすべてが早く進行していきました。また、「ショップ」を運営するということについては大きなリスクが伴うものですので、私の場合は自宅が恵比寿ですので、ショップとしては絶好の立地ということも生かしました。

デュアルワークの効用について

 デュアルワークをすることの効用を考えてみました。

■本業を一般化・相対化して捉えるゆとりができる
・社内の常識や流儀に流されず、一歩引いてみることができる。
■儲けを考えることよりも、やりたいことを試せる場。
・発想の幅が広がる
■行動することで新たな機会が生み出される
■新しい出会いがある
■とにかく楽しい

 特に本業でつまらないことがあったとき、「ま、いいや」と受け流せる余裕ができます。また、私の場合だと、ittokiを通じて知り合った方たちはこれまでとはまったく違う世界の方たち。ソムリエ、寿司職人、レストランオーナー、ほかのうつわ作家さん・・・など。また、唐津という町が自分にとって特別な場所になりました。Ittokiを立ち上げなかったら、多分一生行くことはなかったでしょう。またこうしてキャリアカフェについては、参加者の皆さんとの出会い、会社内で知らない他事業の方からも反響をいただきました。これは本当に励みになりました。

デュアルワークをこれから始めたい方に

 まずお伝えしたいのは、
“障壁だと思っても、行動してみたら実はたいした問題ではない。行動することですべては『機会』となる。”ということです。
 たとえば私の場合はこうでした。
障壁1/いい作家・作品はいったいどこに?
→窯元の多い街に行き、感度の高いスポットを回っていたら見つかった!
笠間なども回ったのですが、町全体の雰囲気、食べ物、集う人たち・・・トータルで見ないと素敵なものにはなかなか出会えない、ということです。

障壁2/作家ってちょっと恐い。電話かけたら失礼?
→意外にビジネスライク、そしてフレンドリー!
作家さんが縁遠いので、怖かったのですが、実はわりと皆おしゃべりで気さくなんですね。

障壁3/時間・場所・お金はどう工面する?
→自宅・週末・小額でスタート、友人知人の力も借りる
お金についてはまずはリスクの少ない額、痛手がない範囲で、というのが大切です。

 そして、大切なこととして、“デュアルワークの芽は自分の中にしか存在しない”
ということもお伝えしたいのです。私の場合、なぜittoki、なぜうつわだったのか、ということを紐解くと、原点は『食』にありました。また、広げていうと、人と人を結びつける食文化とその周辺物に対して関心が高かったのです。実際に料理人になるとか、陶芸家になるということではなく、あくまでコミュニケーションにおける食とうつわの大切さについて伝えたい、というのが私のしたいことでした。
 いま、世の中はまさに“デュアルワークにフォローウィンドが吹いている”状況にあると思います。キャリアスキルを継続的に磨き続けないと乗り切っていけないのです。そのための自己研鑽ツールがデュアルワークとも言えるのではないでしょうか。
 リクルートでも、最近、社員の社会貢献活動についてスポットをあてています。また、かつてこのキャリアカフェでも講義していただいた電通の白土真由美さんも、個人的動機で始めたデュアルワークがきっかけでCSRを事業化させたという実績をお持ちです。これからこのような事例がどんどん増えていくのでは、と思っています。
 みなさんは、本業一本道で行きますか?それとも複線化して豊かな人生を歩みたいですか?
もし、わずかでも複線を敷きたいという思いがあれば、まずはその思いを身近の誰かに伝えて、その思いの輪をどんどん広げてみてください。

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2007年8月 9日 (木)

ゴールドマン・サックス・ジャパン・ホールディングス 人事部 ヴァイス・プレジデント 福本 多起さん

ダイバーシティがもたらす多様な社会と働き方

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私はゴールドマン・サックスのダイバーシティのマネージャーだが、本来はトレーニングを本職としている。今日は、私のキャリアの話と共に、どんなことが世の中で起こっているか、ダイバーシティとは何なのか、私たちはどうしたらもっとよい社会を作っていけるのか、皆さんと一緒にディスカッションしながら考えてみたい。

予定になかった「キャリアウーマン」の道
スライドを作りながら、私のキャリアを振り返ってみた。学生の頃、早く結婚して家庭の主婦になることを望んでいたのに、どうして、このように「キャリアウーマン」になったのか自分でも良くわからないでいる。当初の予定では今頃は高校生くらいの娘がいるはずだったのに、予定は上手くいかなかった。学生時代はテニス・スキーに明け暮れる日々を送っていた。その頃、仕事に関することと言えば、東大で秘書をしていたくらいで、友人が「あなたが働くなんて周りにご迷惑だからやめなさい」なんていわれたりした。それほど、お気楽な生活を送っていた。

エントリージョブから、運あってトレーニング・スペシャリストに
25歳で、初めての仕事として、国際航空貨物会社、フェデックスのカスタマー・サービスに入った。そこで、貨物の追跡や、電話の応対などをしていた。当時、教育部門のトレーナーがいて、「これからベルギーに会議に行くの」と、颯爽とかばんを持って出かけていく姿を見て、あまりにもカッコウよいと思い、恐いもの知らずで、私もトレーナーになりたいと手をあげた。運よく採用されて、カスタマー・サービスから、トレーニング・スペシャリストになることができた。そしてカスタマー・サービスの電話応対スタッフや、配送車のクーリエ(運転手)のトレーニングをすることになった。

パスポートを持って出勤するトレーニング・マネージャー時代
28歳の時に組織変更があり、タナボタが起こった。直属の上司の担当地区が切り離され、私とシンガポールにいた同僚が、マネージャーになることになった。当時、4人の部下から始めたが、皆年上で、いままで、友達感覚で付き合っていた人たちが、私の下になったわけなので、とてもチャレンジングな経験だった。そうこうするうちに、トレーニング部門が大きくなっていき、担当地区も西はドバイ、南はオーストラリアまでカバーすることになり、部下が20人くらいに増えた。部下は「多国籍軍」で、中国人、韓国人など多様な文化を背負った人たちがいた。中国系の人たちは、給料のネゴシエーションをするのがとても上手だった。いろいろな価値観の人がいて、とても良い勉強になり、また面白い経験をした。毎日パスポートを持って仕事に行くような日々で、フェデックスの貨物機で出張し、コックピットやその外にあるジャンプシートで飛び回っていた生活だった。

人事部長をしながら気づいた自分の好きな仕事
そうこうしているうちに35歳で転機があった。女性は30過ぎると、プロフェッショナルの道を進むかどうか、岐路に立つと言われる。私の場合は鈍感なので、そんなこともとりわけ考えてもいなかったが、フェデックスの人事部長がいなくなったので、代理を引き受けて欲しいといわれて、兼任する羽目になった。フェデックスは外資系大企業なので、その人事部長を努めることは、とても恵まれていたと思う。ただ、人事部長を兼任しながら、自分で気がついたことは、自分はいわゆる人事問題に取り組むよりも、トレーニングが好きだという事だった。

「生き馬の目を抜く」外資の金融業界への転職
同じ35歳の時、モルガン・スタンレーから、転職のお誘いがあった。社内の先輩に相談したところ、金融業界は生き馬の目を抜くような大変な業界だから、フェデックスで、キャリアを積んでいくほうが良いのではないかと言われたが、思い切って転職をすることにした。そして20名の部下を率いるマネージャーから、たった3人のチームに移った。この時キャリアは登山電車のごとくスウィッチバックを繰り返しながら、地道に積み上げていくものだと考えた。

39歳の時、同じ金融業界のゴールドマン・サックスから、転職のお誘いを受けた。ゴールドマン・サックスは、いわゆる「はげたかファンド」のようなイメージのあるところで、最初はその気はなかったが、あまりにも、何回も誘ってくれるので、ふっとその気になって、ゴールドマン・サックスに転職をすることにした。入社してみるとゴールドマン・サックスはチームワークを大変重んじ、人材を大切にするとても働きやすい会社であることが分かった。ゴールドマン・サックスでは、結果を出すために、120%の力を出し、人一倍の努力をした。40歳の時に、ダイバーシティ・マネージャーも兼任して欲しいといわれた。仕事量はますます増えるかもしれないが、自分にとっても良い勉強になるのではないかと思い、引く受けることにした。これにより、将来的に、キャリア選択の幅が出てくるのではないかと思った。現在は、トレーニングとダイバーシティ・オフィサーと2足のわらじを履いている。機会を与えてくれたゴールドマン・サックスに感謝している。

皆さんの「ダイバーシティ度」は?
ここで、皆さんに質問を3つさせいただく。
第一問は、「女性は男性と同じリーダーシップの役割や責任を担える」と思うか?
第二問は、「フレックスタイムで働いている人も、週に5日働いている人と同様、会社に貢献できる」と思うか?
第三問は「私と同性である上司がゲイ・レズビアンでも心地よく仕事ができる」と思うか?

ここにいる皆さんはポジティブな方が多いが、同様の質問をするとさまざまな答えが返ってくる。第一の質問に、ポジティブな答えを出す人は、男性でも女性でも能力は個人差の問題と捉える人が多い。逆に日本企業で働いている人や、女性の上司と働いたことのない人からは、ネガティブな答えが帰ってくることが多い。また、第二問に対しては、職種によるという事もあるかもしれない。ワーキング・マザーが現実は難しいとコメントするような場合もある。第三問に対してはゲイであれ、レズビアンであれ、それは個人の嗜好であり、本質的には仕事とは全く関係ない。

ダイバーシティとは何のこと
ダイバーシティのコンセプトは米国から出てきた。その背景として、いくつかのターニングポイントがあったとされている。たとえば、1960年代の公民権運動や、ウーマンズ・リブ、70年代のアファーマティブ・アクションなどが下地になっている。そして80年代には、ダイバーシティ、つまり、多様性の積極的な受容が唱えられるようになったという。1987年にアメリカ労働省が「Workforce 2000」というレポートを発表しその後多様性のマネジメントの重要性が活発に論議されるようになったと言われている。よく日本はアメリカより40年遅れていると言われているが、アメリカの背景を考えるとなるほどと思う。

さて、Loden MarilynのImplementing Diversity, 1996 Business One Irwin p.16によると個人の「多様性」には、2層あるといわれている。日本では、多様性というと女性などマイノリティを受け入れることと短絡的に考えられがちだが、目に見える表面的な多様性だけでも、ジェンダー(社会的な性差)のほか、年齢、人種、民族的な伝統、心理的・肉体的な特性、また、性的嗜好が挙げられる。さらに一見では分からない多様性もある。たとえば、教育、宗教、仕事経験、出身地域、家族状況などが挙げられる。

ダイバーシティの推進とは、このような個人の多様性を積極的に受け入れ、このような要素によって人を差別せず、平等な機会を与えるという事だ。

ダイバーシティが求められるWeb2.0時代
なぜ、多様性がこれほどまでに求められているかと言えば、インターネットがもたらしたグローバライゼーションの波が挙げられる。今は、Web.2.0時代と言われ、ますますネットによる情報伝達が進化している。だから国際化はこれからもますます促進されていく。こういう時代では、企業が活動する市場や顧客も多様化するわけで、そういう時代にあった多様な人材が求められるのは当然の成り行きといえる。実際、有能な人材の獲得競争は熾烈で、多様で有能な人材を確保することは、企業の発展につながる。また昨今はコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(CSR、企業の社会的責任)が問われてきている。ダイバーシティを積極的に受け入れ、推進することが、現在の日本におけるCSRの一環になっていることが多い。

ダイバーシティ・マネージャーの職務とは
ゴールドマン・サックスではCSRの一環としてダイバーシティーの重要性を歌っているのではなく、企業戦略として捕らえている。よって本社のトップを始めシニア・マネジメントがダイバーシティー推進にコミットしている。弊社では性別の問題だけではなく、それ以外の多様性に関すること全てに取り組む努力をしている。
ダイバーシティー・マネージャーとしてはまず問題定義が挙げられる。何が問題であるのかを把握しそれを明確化し定義する。そして、ダイバーシティの促進により、それをどのように解決・改善すべきかゴールを設定する。実践するに当たっては、まず、シニア・マネジメントが率先してダイバーシティを奨励することが何よりも大事なので、彼らの関与を促し、それにより、全社員が参加できる仕組みを作っていく。ダイバーシティ・マネージャーは採用活動にも関与して、ダイバーシティの実践を担保する。また、昇進がフェアに行われているかどうかモニターし、離職率を下げる努力を行う。ダイバーシティのコンセプトの促進のために、イベントを企画・運営し、ネットワーク活動も行っている。各部門の置かれた状況を分析し部門長と話し合ったりもする。こういう活動を通じて、企業の力を強め、社内外でより風通しがよく、よりフェアな環境を作り上げていくのがダイバーシティ・マネージャーの職務だと考えている。

私自身のワークライフ・バランスは
個人のワークライフ・バランスとしては、徹底的な優先順位づけをしている。すべてをすることができないのだったら、優先順位をつけ、優先度の低いことができなくても、それで良しとする。自分が困難な状況に陥ったら、その状況を、上司、メンターと率直に相談し、同僚や部下にも説明をする。そうすることで、周りの理解を得ることができる。また、自分が最も効率よく仕事できる時間や方法を知り、場合によっては家で仕事をする時間を作る。以前、日産のカルロス・ゴーンさんが、クオリティー・オブ・タイムという事を話していた。仕事が忙しく家族と一緒に過ごせる時間が少なくても、彼はその少ない時間を大切に過ごし、質の高い時間を確保しているという事で、私自身、この考え方に大いに賛同している。また、優先順位づけに繋がるが、私の住んでいる渋谷区は、家事のアウトソースのサービスを受けられるので、掃除などをお願いしている。自分でも頑張ればできることだが、その時間を優先順位の高いことをするようにしている。要するに自分で無理をしてでも何でもするというのではなく、自分がすべきこと、しなくてはいけないことが何かを考えてあまり頑張りすぎずに仕事をしていきたいと思っている。

私が励まされる言葉
アメリカの作家、マーク・トウェインの言葉は私の座右の銘だ。彼は次のように言っている。If you think you can, or you think you can’t, you are probably right. できると思えばできるし、できないと思えばできない。これは真実だと思う。駅で電車が来そうな気配がした時、乗ろうという強い意志があれば間に合うだろうし、次でいいか・・・と思えば乗れない。仕事も全く同じと考える。また婦人服の有名ブランド、ドナ・キャランを作り上げた米国タキヒョー会長の滝富夫さんの言葉はいつも私を力づけてくれる。彼は「服をディスプレイする時も影をつけなければ立体感が出ないし、いい服に見えない。人の人生も同じだ」と語っている。私自身、どうして、こんな苦労をするのかと思ったこともあったが、それが私の人生に立体感を与えてくれているだと思っている。

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2007年8月 5日 (日)

リクルート進学カンパニー エグゼクティブマネジャー 野嶋朗さん

あなたの意識が会議を変える
チームパフォーマンスを高めるための
ファシリテーション力アップ法
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私はキャリアカフェでコミュニケーションの講座を担当しているが、本業はリクルートの進学カンパニーという所で、高校生向けに大学、短大、専門学校の情報を提供する事業のカンパニーボードの仕事をしている。働き始めて20年、その間、多くの人と仕事を一緒にしてきた。またリクルートはスピードが速く、コミュニケーションを大事にしている。そんな中で学んできたことを、まとめて皆さまをシェアしたいと思っている。

コミュニケーションは技術だ

技術は磨ける。だからコミュニケーションは磨くことができる。磨き続けることにより、いろいろなチャンスが生まれてくる。ファシリテーションとは先導する、司会進行を行うなど、いろいろ解釈ができるが、語源的にはラテン語のファシリス(facilis=たやすい、容易)にate(=可能にする)を加えたものである。「合理的な結論・合意形成を図る」が私には一番しっくりする説明だ。

このファシリテーションの力が上達すると、集団による知的な相互作業を促進することができる。つまり、次のような集団の力学を変化させることにつながる技術といえる。生産性の低い集団、業務的な仲の悪い集団、ホスピタリティの低い集団、バラバラ集団、身勝手集団、アウトプットの質が悪い集団、答えの出ない集団、決まらない集団など。このような集団は、居心地悪くこういう会議に出ると嫌な気持ちになる。

よいファシリテーションは、生産性を向上させ、お互いの関心を高め、意思決定を迅速化し、相互信頼・コラボレーションを醸成し、方向性を一致させる。そして集団の健全度を高め、メンバーの気分をよくすることができる。ファシリテーションは「段取りの力」、「仕切りの力」とかいう言い方をすることもできる。

「仕切り」という概念は最近、「導く」という概念に変化している。その背景には小さな組織でも大きな組織でも、意思決定の機会が増加し、異分野の協業により何かを作り上げたり、現場からの材料やアイディアを集積したり、文系や理系に限らずいろいろな分野にまたがる学際分野の仕事などが増えているためといえる。こういう場合には、単に仕切るというよりも導くという事が重要なこととなる。

本題に戻るが、良いファシリテーターとは力をあわせて共通の目的を達成することを容易にする。そしてその対象は集団だ。コーチングと比較すると良くわかる。ファシリテーションは集団が対象であるが、コーチングは何かの課題や目標にむかって個人が動いていくことを支援する行為であり、違う目的を持っている。

ファシリテーションは3つの集団・領域がある。まず市民活動における社会的な合意形成の領域。日本でもようやく市民活動が活発になってきているが、そこでは企業と違った利害が働き、合意形成はなかなか大変で、そんな点からファシリテーションの重要さが注目されている。それから、組織・企業においてパフォーマンスを高めるための合意形成の必要性。私自身は、一番慣れている領域である。そして学習系としては学校での教育・学習の領域で、生徒の意欲を高めるために、教室という場の中で、教師のファシリテーション力を高めて行きたいという必要性が背景にある。共通していることは、中立的なスタンスで場を作って、グループ内のコミュニケーションを促進するという事だ。

簡単にキャリアストーリーを

以上が今日の話のサマリーであるが、今日はキャリアカフェなので、ここで私のキャリアを簡単に説明する。(野嶋氏のキャリアの軌跡に関してはキャリアカフェパートIの5回目の講義録を参照。)若いうちはコミュニケーションなど意識することもなく、説得やシナリオに頼ったりしていたが、組織を担当するようになってから、チームを指揮したりとか、マネジメントを経験するようになってコミュニケーションについて考える機会が増えた。年を取るに従い、人を元気にすることとか、場づくりとかを意識するようになった。さらに組織の活性のためには、ビジョンの発信、メッセージの浸透などを通じ、モチベーションを高めないとパフォーマンスが上がらないという事に気がついた。現在43歳になったが、いかに明確に説明をするかとか、新しい価値観をどのように作るかなどについて意識して仕事をしている。35歳から40歳くらいまで、修羅場体験もあった。コミュニケーションを技術だと意識をした頃から、コミュニケーション力は上がっていったと思う。

今日の本題のファシリテーションについて

ファシリテーションは会議での合意形成のために必要だが、会議とは、3人以上の人が集まり、協力して作業をすることであり、良い会議を行うためには5原則がある。

1. 一つの議題に集中する。

人は思ったことを言いたい、ある発言で、ガラっと場が変わってしまうことがある。

2. 議事運営方法にメンバーが同意している。

この会議の目的は、決定するためか、議論をするためかなど、皆が理解しているか。

3. オープンでバランスの取れた発言が交わされているように運営されている。

偏った誘導や、特定の意見が取り入れらたりすることがないようにする。発言量の少ない人の意見が反映されているか気を配る。

4. 個人攻撃を受けた人を守る役割の人がいる。

個人攻撃ではなく、その場の課題の指摘だという事に置き換える役割の人がいる。

5. 会議における役割が明確でメンバーが同意している。

進行役、意思決定者、書記が誰であるか皆、理解している。

会議の成否を図る基準

一つは結果であり、もう一つはプロセスがある。結果として、問題は解決されたか、期待値調整ができたか、意思決定ができたかなどが成否の基準となる。プロセスとしては、どのように解決したか、結論を導き出したか、モチベーションが上がったか、多くの意見を出し切ったかなどが成否を決める基準として挙げられる。

会議の成否と組織への影響

会議が上手く行かないと、参加者の意欲が低下するばかりでなく、職場やチーム全体の意欲が低下する。無駄な時間が増えることで職場の緊張感がなくなり、一部の人の感覚が基準になり、本質的な問題が見えなくなり、場当たり的対応が増える。特に役職者が集まる会議であるほど、会議の成否が組織全体に影響を与える。会議の質は組織全体の健全度の指標ともいえる。

ファシリテーター不在の損失

ファシリテーターが機能していないと、大声で発言した人が発言権を得たり、揚げ足を取る人が現れたり、発言のチャンスを得るためにエネルギーを消耗したり、部下は上司の顔色をみながら聞きたいことのみ話すようになったりする。これは組織にとって大きな損失だ。

よいファシリテーションのポイント

最初にゴールを示すこと、中立的なプロセス管理を行うこと、チームワークを醸成することなどがポイントになる。ファシリテーターが介入するのは、プロセスだけであるべきで、答はメンバーの中にあるという信頼を持ち、メンバーの気付きを促すような場を作る。そしてメンバー間の相互作用を起こす。

ファシリテーターに必要な力

聴く力、観る力、話す力・伝える力、感じる力が必要だ。発言したら聴いてもらえるという信頼感が発言を促す。話の腰を途中で折るような発言は、良いアイディアを生み出す土壌を壊す。またファシリテーターは参加者の表情を良く観て、発言に対する反応を読み取らなければならない。そして、分かり易い言葉に翻訳したり、質問は答えやすく聞き、現場感覚に沿った言葉で話すことが大切。現場感覚に沿った言葉で話せるためには事前にいくらかの宿題をしておくべき。さらに場の雰囲気やメンバーの気持ちを感じ取ることが必要。感じる力は観る力と近いものがあるが、なぜ、盛り上がらないのだろうか、なぜ、黙っているのだろうかなど、背景の思いを類推する力が大切。

困った会議

停止の会議/同質の参加者、予定調和の会議だったりすると、会議は前に進まず停止する。会議が停止してしまったら、別の角度から発言できる外側のメンバーをいれ、ちょっとしたあら捜しをするメンバーを作る。あるいは、地位の高い人の発言は抑えてもらう。

沈黙の会議/理解が浅くて発言できない、筋道が良くわからない、発言で自分が不利益になる場合など、会議は沈黙する。その場合、グループ討議など小さな会議に変えてみたり、どうして発言しないのかと突っ込んでみたり、あるいは誰かが発言するまで我慢比べをしたりする方法がある。

脱線の会議/声の大きい人、無理解な上司、現場知らずの人たち、非難されたくない人たちなどが話を脱線させた場合、勇気を持って話をさえぎり軌道修正する。また、議論したいポイントを示す、時間や場を変える、構成メンバーを見直すなど、一服入れるのが効果的。

混乱の会議/発言を独占する人、議事妨害をする人、個人攻撃をする人、評論家、あるいは同じことを繰り返す人が現れたりすると会議は混乱する。その時は、手際よく話をさえぎる勇気が必要となる。建設的な意見衝突への切り替えや、プラス思考の雰囲気を創ることが大切。混乱キーマンに対して、ある程度個別対応が必要。

ファシリテーション上達のヒント

よい参加者の心を知る。人の言っていることをきちんと受け止めるスタンスが大切。また、座る場所を意識する。座る場所で派閥ができる。なるべく、フラットに派閥ができないように席にも気を配る。また発言者のあら捜しをしない。最初の印象のみで、すぐに評価しない。良い点を見る努力をする。批判されてもめげない。自己弁護しない。

ブレストで訓練するコツ

少人数のブレストで訓練することがファシリテーションの上達に役立つ。

1.テーマを周知すること。このブレストで話したいことを明確にする。

2.問題や話の内容を具体化し映像化する。リアリティを高め場を盛り上げることができる。そしてブレストは創造的な空間となる。

3.タイムマネジメント。たとえば30分でよい意見を出すということを目標とし、逆算でプロセスマネジメントをする。これは大きな会議でも有効なマネジメントだ。

4.話をさえぎらせない。特にブレストを活性化するために、話は決してさえぎらない。参加者で言いたいことが重なる場合があるが、話をさえぎらずに上手にマネージする。

5.アイディアだしを刺激する。話を停止させないためにも批判させない。

6.常に前向きな場を作る。アイディアを出すブレストの場合は、沈滞したり停滞したりしがちなので、励まして、刺激を与え、前向きな空間を作る。

7.想像力を刺激する。個人の中から大事なものを引き出すようにつとめる。

8.書記をサポートする。会議とファシリテーションの質を高めるためには書記が重要。決まったことを確認し、誰が何を発言したか記録するため書記は非常に大事である。ファシリテーターは書記と連動すると有効。

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