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2006年12月の記事

2006年12月31日 (日)

第6回 (株)日本ホールマーク 代表取締役社長  畦地教子さん

チャンスは誰にでもやってくる
きわめて普通の私が社長の道を歩むまで

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私は、ご覧のように極めて普通の人間です。背が大きくないこともあって、偉そうなオーラもなく、学歴は普通。留学経験もなければ、帰国子女でもなく、生まれながらのお嬢様でもない。一般的に育ってきたごく普通の女性が、流れに身を任せて生きてきた結果として今があります。目標をもって、それに邁進してきた結果としての現在を語ることができるのなら、その方が話としては面白いかも知れませんが、私のような例もあることを知っていただけたらと思います。

極めてミーハーな大学時代。適当に楽しんで、結婚するだろうと思っていた20代
父親は鹿児島での人で、非常に封建的な考えを持っていました。極端な話、女に学問は要らないと言うような人でした。目標も無く、適当に楽しみながら、ミーハーな大学時代を送っていました。将来は、2、3年、働いてその内結婚して、母親になるのだろうと漠然と思っていました。当時、女性の就職先は商社や百貨店が中心でしたが、コンピューター業界も伸びてきていて、4大卒を採用していました。私は友人と一緒に受け、最初に内定を貰ったからという安易な考えで、IBMの子会社に決めました。伸び盛りの会社だったこともあり、今思えば、そこではいろいろなことをやらせてもらいました。たとえば、営業部のアシスタントや、市場に出たてパソコンのインストラクターの真似事をしたり、晴海のショーでナレーターまがいのことをさせてもらったり、いろいろと、面白いことをさせてもらったのですが、だんだん、結婚とかで、同期が辞めていくのに、私も流されるように、3年10ヶ月で辞めました。
しばらくして「とらばーゆ」で契約社員の職を見つけて、アメックスに入りました。契約社員として1年間働き、その後正社員になりました。この頃から、ようやく仕事という事を真面目に考えるようになりました。マーケティングという職種にも出会い、初めてやりたいことに出会ったような気がしました。

キャリア形成の30代。「カッコいい」がキーワード
アメックスには、女性がたくさん活躍していました。そもそもミーハーな人間なので、男性と対等に働いている素敵な女性の姿を見て、「カッコいいなあ」と思いました。その時、「カッコいい」と思ったことがその後の私のキャリアを決めたという事も言えるかも知れません。この言葉は私にとってのキーワードとも言えます。アメックスで正社員になって、マーケティングでさまざまなことをさせてもらいました。たとえば、新規カード会員獲得、ゴールドカード・マーケティング、高額利用者へのロイアルティ・マーケティング、また、一番長くしたのが個人カードの宣伝広告でしたが、マーケティングには、ルティーンワークがなく、毎日が新しいことばかりでした。楽しくて仕方ない時期で、前のみ見て全力疾走していました。それまで勉強をしたことは無かったのですが、外では分かった振りをしてはったりで話してきたことを、あとで夜、勉強したりというような恥ずかしい思い出もあります。英語ができなかったのですが、上司が「君がこの仕事を続けていくには、英語がネックだねえ」と言われたりして、英語の環境下に身を置いたり、レッスンを取ったり、恥を掻きながらも、好きでもない努力をしてきました。この時期、多くの人と接し、すごく視野が広がったと思います。また、恥を掻いても、やって失敗した方が、しないでいるよりもよいと思うようにもなり、ずうずうしくもなりました。非常に楽しく仕事をしていたとはいえ、宣伝広告に大金を使ってもすぐに効果は出ないもので、もう少し、成果が数字で出る仕事をしたいと思うようになりました。

社内でのプチ転職。現場で一から出直し
アメックスでは、社内公募制度があるのですが、クレディセゾンとの新規事業のポジションで募集があり、これはチャレンジと思い、応募し異動しました。アメックスにとってはじめての提携カードで、プレミアムカードのアメックスと年会費無料のセゾンカードなら、ダブルところがなく、双方、補完関係になるだろうというトップの熱い思いはなかなか現場まで到達せず、鳴り物入りの新規事業なのに、当初は数字が伸びなくて苦労しました。私は部長職としてセゾンに出向したのですが、セゾンの人たちと、一緒に積み木を積み上げた試行錯誤の連続の時期でした。当初は会員数伸びず、目標にも達せず、月次の報告の発表では辛い時期を過ごしました。それでどうしようということで、まずは相手の懐に入って、相手を知ることからスタートしようと思いました。人間関係の構築から始まって、チームメンバーと一緒に全国の営業所を廻り、営業所の人たちと直接話をしました。そこで分かったのはトップと現場の気持ちの温度差でした。それで、社内で「アメックス委員会」というのを作り、まず、現場の人たちにアメックスのことを知ってもらい、ファンになってもらうことを考えました。非常に地道な作業でしたが、現場の人とのいろいろな情報を共有しました。その内、現場から、成功事例が出てきたりして、それの共有が大きな成功へつながり、成果の見える喜びを実体験することができました。最終的にはセゾンは、アメックスにとって、2年半で世界でも有数のパートナーに成長しました。

40代での転職。「こんなはずじゃなかった」と挫折感
セゾンとの出向契約の期限が切れた折に、縁があって、ホールマークのマーケティングのディレクターに転職にしました。タイミングが良かったのと、コンシューマー・マーケティングをしたかったので決めました。
セゾンの時も企業文化の違いはありましたが、同じクレジットカードの業界でしたが、今度は、業界も違い、規模も違い、期待とは大違いで、当初、多大な挫折感を味わいました。なかなか業績が悪く、組織も機能していず、実績も上がらず、始めて焦りを感じました。やめようかな~と真剣に考えたりもしましたが、負けず嫌いの気持ちも出てきました。転職後まず何をしたかというと、自分自身のマーケティングを始めました。つまり、自分の部下達は自分に何を求めているのかを知るために、1対1のインタビューを行い、部下達を理解しようと努めました。社員は強いリーダーシップと交通整理をしてくれる人が欲しかったのだと思います。マーケティング以前の問題だったのですが、そこからスタートしました。自分のチームの中では少しずつ進歩を実感し、商品もだんだんとよくなってきたのですが、会社の業績には繋がらず、自分の中でのフラストレーションが募って行きました。会社の業績が改善されなければどうしようもないということで、インターナショナル部門の社長である海外の上司に「やめます」と話したところ、思いとどまるように説得をしてくれて、その熱意にほだされて、留まる決意をしました。

辞めようと思ったのに、一転、社長職に
どうしてとどまったのかというと、たとえ海外でも、自分の理解者がいるという事に大きな安心感が生まれたことがありました。そして、一ヵ月後、思いもかけず、前任者の退任後に、社長職に就くことを要請されました。退社を留まった時にそのような話があったわけではないので、もう晴天の霹靂でしたが引き受けるしかチョイスがありませんでした。

社長職はマイナスからの出発でした。財政的には負のスパイラル。人を入れることもかなわず、まして自分の心の準備もありませんでしたが、ここでいままで自分が蓄えてきた貯金をすべて吐き出すことにしました。唯一の希望の光は、それまで2年やってきた商品開発での改善が見えていたことでした。営業も経理の経験もなし。流通に顔も売れていない。そんな状況でしたので、まずは、上司、同僚、部下のなかで自分のサポーターを確保するところから始めました。それから考えられることのすべてを行いました。まず危機感を共有するために、情報を開示し、皆が同じ立ち居地に立てるようにしました。それから分かりやすい目標を共有することにしました。初年度の目標は黒字化です。一緒に我慢して努力していくうちに、少しずつ皆の意識変化も起こり、顔つきが変っていくのが分かりました。初年度の目標を達成し、ささやかなお祝いの席を持つこともできました。

社長になっての変化は、踏ん張らないと社員やその家族が路頭に迷うかもしれない、放り出すことはできない、という責任感が出てきたことだと思います。また、人も組織もちょっとしたことで変わることができること、小さな成功体験が自信に繋がり大きな成功を導くことを実感することもできました。やるだけやってダメらなら仕方がないという開き直りの気持ちも生まれ、精神的に強くなったと思います。今後はビジネスのさらなる拡大と部下・後継者の育成に注力していくつもりです。

キャリアを伸ばすための仕事力
私が考える仕事力は、当たり前のことですが以下のようなことです。
・当たり前のことをちゃんとする。それも四の五の言う前にちゃんとやる。
・前向きである。否定から始まらない。否定からは何も生まれない。
・変化を拒まない。流れに身を任せてみる。
・楽しむ。いろいろなことに興味を持つ。好奇心を失くさない。
・継続する。石の上にも三年・・・
こういうように地道に努力していけば、自分のやりたいことや優先順位がおのずと見えてくると思います。

マネジメントとして大切だと思うこと
・バランス感覚
・客観性
・自己コントロール
・柔軟性
・社外相談役
その上で女性のマネジメントとして心がけていることは、自分をカッコウよく演出すること。つまり、後輩の女性があこがれるようなロールモデルを目指したいと思います。また、良い意味で女性という事を最大限利用することも大切だと思います。なんと言っても女性の方が目立つし、消費者としての女性の視点はマーケティングにとても大切だと思います。

(編集部より・・・この後、活発な質疑応答がありましたが、割愛します。)

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第3回 KIZUNAパートナーズ㈱常務執行役員 喰田祐司さん

あなたのレジュメは完璧ですか?
リクルーターが見るキャリアのポイントとその伸ばし方

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商売の原点を経験した高校時代。組織や人に興味があった大学時代

まずは自身がどういう歩みをしてきたかお話します。転機として、高校時代に商売の原点を経験しました。田舎の育ちで、地元のテキヤさんみたいな人が正月の注連縄を売るのでそれを手伝うというのが高校一年のときにあって、値付けからすべて何から何まで全部まかせる、在庫を全て売ったらお小遣いをプラスアルファであげるよと言われました。自分なりに一所懸命考え友人2人を誘い相談し、近所のお店を回っていくらで売られているのか調べて値付けして、一週間くらいで全て売り切ったんですね。それがすごく楽しくて商売人はいいなと思ったのが、最初の職業に至るきっかけでした。もともと組織や人がどういう風に動くかに興味があって、カーネギーの「人を動かす」などいろいろ本を読んでいました。大学時代はほとんど学校にいかず、アルバイト三昧、夜は空手。昼は頭を使って稼ぎ、夜はカラダを鍛える、そしてちょっとだけ勉強という学生生活を送っていました。いろんな人たち、特に大人に会う機会が多かったので、いったいどこに自分は就職できるのかと考えたとき、とにかくいっぱい会社訪問しようと思いました。

時代はまさにバブル絶頂、よりどりみどりに就職先があって、多分110社くらい回ったと思います。金融では銀行、証券、先物取引、流通では大手から洋服屋、メーカー、商社・・・考えられるところを全部回りました。そのとき聞いたことはシンプルで「どうやってもうけるんですか、それをもっともうけるためにはどうしたらいいいか、そのために何を努力しているのか」を聞いて回りました。その中でスッキリと答えてくれたのが、商社とリクルートしかなくて。どっちにしようか迷ったのですが、若手の人で面白かったのはリクルートだったので、自分にチャンスがありそうなのはリクルートと思って就職しました。その会社回りの時に聞いたことは今でも財産になっています。

さまざまな経験をした30代。天職にめぐり合えて40代に

リクルートに入ってからは、最初の配属が人事部、そして営業に異動し転勤も経験しました。33歳、もう新世紀だなぁということで、最初の転職をしました。ある会社に入社しまたが、自分が手がけようとしていた事業が撤退ということで、ほぼ全員リストラ。企業の雇用責任が如何に重いのかを実感した事件でした。あまりにもお金に翻弄される人たちに囲まれる日々がいやになり、35歳のときあるホテル再生事業の立ち上げに加わりました。そのあと介護ビジネス再生を任され、頑張ったものの経営陣の理解が得られない。自らの力量に自信がなくなりました。リハビリが必要と思い、リクルートグループのエグゼクティブサーチの仕事を3年限定でやることに。3年恩返しして、いいところがあったら自分が転職してやろうかと(笑)ところが、転職のご支援をするうちに、自分ができることはまだたくさんあるなと思えてきました。企業側と個人を「丁寧につなぐ」ことが、人材斡旋の業界ではまだおろそかにされていて。ヘッドハンターという言葉がありますが、企業側の代表者として、他社に勤めている人の「首を狩りに行く」わけですよ。こんないやらしいことばは世の中にはないと思いました。企業側の情報を個人はあまり知ることはなくて、また、企業側もその人のことをちゃんと知ることが難しいので、これを徹底的にちゃんとやる人になりたいなと思っていました。

一年くらい経つとだんだん自信も出てきて、業績もよく、「これはもしかしたら天職かもしれない」と思えるようになりました。それが38歳の頃です。ところが私を誘ってくれた常務が会社を去ることになりました。世の中からヘッドハンティングという言葉をなくしたいということなど理念でも共感し、尊敬する方でしたので、昨年10月に一緒にやることを決め、今に至っております。職業人としては悩み多き30台でしたが、40代になった今、こんなに楽しい日々はないなと。ご支援頂いているお客様方に心から感謝している毎日です。

天職マーケット 4つのゾーニング

人材は大きく4つに分けられます。「エグゼクティブゾーン」、「次世代経営幹部ゾーン」、「新しい機会模索ゾーン」、「新卒・第二新卒ゾーン」です。たとえばリクルートエイブリックは「第二新卒」から「新しい機会模索ゾーン」を、インテリジェンスは「新しい模索機会ゾーン」から「次世代経営幹部ゾーン」の半分くらいまでを主に扱っています。「次世代経営幹部ゾーン」から上が「エグゼクティブサーチ」と呼ばれるゾーンです。KIZUNAパートナーズ社としてお受けしているのは、概ね年収ベース1300から1400万円以上の求人案件です。
年収1000万円で経営者でない人は全就業人口の中でどれだけいるのかご存知ですか?正解は全国で7%なんですね。東京では4万人程度です。ではその方々が実際に動いていくときにどこを目指すのか? 最近では自分の経験してきた軸を継続的に追求するというマーケットだけではないと思います。企業の中だけで昇り詰めていくだけがキャリアメイクではないのです。
企業以外のマーケットとしては、非営利法人(NPO、NGO)、公務員、議員、起業、自営、士業(サムライ業)などがあります。実は職業選択の幅は非常に多いということを知っていただきたいのです。特に女性はパートナーの存在や実家に暮らしているなどのなんらかのセイフティネットがあれば、これだけ職業選択のチャンスがあることをご理解下さい。

女性のチャンスは広がりつつある

女性の役職者に占める割合ですが、部長2.8%、課長5.1%、係長10.4% (企業規模100人以上、厚生労働省調査より) となっています。ただしこれは100人規模の企業の場合で、小企業の場合はもっと比率が高い場合もあります。

企業サイドの要請として
・市場の半分は女性で成り立っていること
・購買行動の意志決定者は女性が多い
・B2C市場において女性の活用は必須、女性の感性と細やかさが大切になっている

また、マーケットの要請としては
・小品目大量生産の時代は終わり、多品目少量生産へ
・本当にほしいものしかほしくない消費者
・自分にないニーズはわからない開発者

株主の要請(企業社会責任)により、資本と経営が分離、優れた経営者に人材が集まりマーケットが呼応する時代へ。また商法大改正により新会社法が施行、起業が容易になり市場からの監視が厳しくなってきました。この分野においては男性より女性の得意分野ともいえます。

また強烈なロールモデルも登場しています。隣のお姉さんが社長になる時代、ちょっとしたアイデアで起業も可能、本気でやりたい人には情報、ノウハウが手に入りやすい時代になりました。

みなさんの思い次第で、チャンスが掴み易くなっているのです。

どんなところにポジションがあるかの案件の例

・上場食品会社マーケティング本部長(取締役候補)
なぜわざわざ外から、しかも女性マーケティング本部長なのか?これまでこの領域を作ってきたのは男性、取締役に女性はいなかった。しかしながら食品という領域で実際に手にとっているのは女性であることから、本当の意味で女性に対してアピールできるよう、社会的企業責任という意味においても統括的に見てくれる女性が必要となった事例です。

・上場IT系サービス会社幹部クラス
社員が誰も出社しない会社を作りたい、それに対応する人事制度を作りたい。パソコンとネットワークさえあれば仕事になる。女性で子育てをしていて一線から退いた方が、在宅で仕事をしてくれるようなことを考えられるように、幹部に女性がほしい。

・独立系人事コンサルティング会社幹部クラス
人事制度の設計サポートの会社。女性の結婚退職、出産休職などを理解しできて、事業のスピードを落とさないような提案ができる人材がほしい。

・上場食品会社(再生)
社長とマーケティング部門に女性を招聘し、新しい領域を作ることを求めている。

転職市場に出るときの注意点

まずは「ウソにごまかされない」、「自分に素直になること」が大切です。

「ウソにごまかされない」とは、
・資格を取れば安泰はウソ →いわゆる士業の弁護士、医師は食べられる資格。中小企業診断士をとるだけでは食べられない。外資系で評価されようと思ったらTOIEC930点とらないと話にならない。どの資格をとるかの選択の前に、その資格をとって人生にプラスになるのかを冷静に考えなければならないと思います。せっかく取得してもまったく資格が生かされないという人を多く見てきました。取得する時には本気でとる、取得したらどう生かすかの戦略を持たなくてはいけないのです。

・転職は30代前半まではウソ →さきほど紹介した事例は40台~50台でもOKなものばかりです。でもなぜ30代前半といわれるのでしょうか?30代前半は、レーン(職種)チェンジはまだ容易ですが、40歳代でいきなりレーンチェンジは難しいというのが理由とされているからです。ただし、転職という観点では必ずしもそうではないこともあります。

・女性は選択肢が少ないはウソ →前述の通りです。

・子供を産んだら働けないはウソ →パートナーの理解などサポート体制はあらゆる手段を使って構築することが必要です。

「自分に素直になること」とは、
・他人と過去は変えられない →変えられるのは自分だけ。自分に欲求に素直になっているか、いつも確認すること。

・新しいきっかけは過去に眠っている →子供の頃楽しかったこと、原体験など自分を振り返ると、そこに答えがある。自分が楽しいと思えること、達成感があったことを書き出してみると、自分がやりたかったことを思い出す。素直に受け入れる勇気を持つ。

・軸を間違いない →たとえば携帯電話をあまり使わない人は、NTTドコモに就職するのはちょっと違いますよね。

・夢を目標に置き換えてみよう →①目標をいつ達成するか日付を決める、②出来る限り具体的に書く、シーンや各論で。③積極的にその目標を人に言って自分を追い込む、④どうやったら到達できるようになるかを決めて、必ずやる。誰に何を言われようとも、絶対に。

レジュメを書く前に、まずは自分の振り返りと目標確認を

ぜひお伝えしたかったのは、目を横に向ければもっともっと選択肢があること、また世の中で言われていることを鵜呑みにせずに、本当に自分のやりたいと思うことをおやりになれば、道は拓ける。その上で、自分がやってきたことをどうレジュメに書くか、ということが初めてできるようになるわけです。ここに至るまで長い道のりではあるのですが、人生にはそんなに多くの時間があるわけではありません。まずは今日から自分の目標って具体的に書くとなんだっけ、ということから始めていただきたいと思います。

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